どうでもよいひととけつこうよい花火
『地球酔』土井探花
自分にとってどうでもよい人と行く花火。その花火は思いのほか結構よい花火であった。特別な人ではないからこそ自意識が過剰になることもなく、自然体でいられたのではないだろうか。「どうでもよい」から「けつこうよい」という言葉の繋げ方にユニークさがある。花火という夏の一大イベントに昂ぶることなく冷静に分析しているところも面白い句だ。
作者の土井探花は1976年生まれ。2010年頃句作を開始したという。第40回兜太現代俳句新人賞を受賞している。口語で俳句をつくっていて、リズムの良さや工夫された表現に魅かれる句が多くあった。
美形のパンジー見つけるまで無職
三脚を雪に刺し雪撮つてゐる
環境にやさしくかなぶんを投げよ
無実だがきのこをよけて通ります
一句目は、美形のパンジーを「働きたい職場」の比喩として読んだ。いい職場を見つけるまでは無職でいるのだという強い意志を感じる。ただ、比喩として読まなくてもいいかもしれない。美形のパンジーを見つけるまでは無職でいるという決意。美形のパンジーを見つけることで、何かのスイッチが入るのかもしれない。二句目。雪を撮るために雪に三脚を刺すという面白い場面を捉えた。「雪に刺し雪」という二句目の早口に読んでしまうように仕掛けてある。このリズムがこの一句のおかしみをもたらしていると感じる。三句目、四句目は不思議な句だ。なぜかなぶんを環境に優しく投げる必要があるのか。きのこをよけて通る理由は何なのか。読者はあれこれと想像し、この小さな小さな物語を思いのままひろげていけばよい。
水中花ふと性別をその他とする
鳶の影踏めたら死ねる春だらう
背泳ぎの空は壊れてゐる未来
枯蔓の頑な負けるのがベター
天高く比べることに飽きました
愛の無い部屋で落花を待つてゐて
作者の鬱屈した心情が垣間見える句を並べてみた。上記の句には特に心魅かれた。日常の様々な出来事を掬い上げながらそこに心情が乗っかってくる。一句目は性別欄を埋めようとしている瞬間。「水中花」はコップなどの水を入れたガラス器の中で開かせる造花のこと。造りものの「水中花」と生まれた瞬間から決まってしまっていた「性別」との取り合わせが面白い。二句目。鳶は普段は高いところ飛んでいる。そんな鳶も稀に低いところまで降りてきて、地上に影をつくることもあるだろう。そんな瞬間に巡り合わせて、鳶の影を踏めば死ねるかもしれないと夢想する。春の爽やかさを一蹴するような死への欲求を感じ取る。五区目。見上げても見上げても底が見えない空。上には上がいるのが人間社会。いつまでも上を見て自分と比べてしまうのだが、そんな比べることにも飽きたという心理。
春愁の痛いくらゐが正常値
沢山の痛みを知ってしまうことで、それが正常となってしまう恐ろしさ。この世界で生きていくには、その正常値に無自覚にならないことが大切だ。作者の句からは無邪気なまでの明るさと暗さが同居している。この句はその象徴と言える。
第1句集 2023年11月7日刊行